ナイスバティ楽しみ

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ドゲンジャーズシーズン2の記者会見という佳き日なのに私は会社に行ってまして、会社のPCで見ようとしたらYouTubeが弾かれたので(たまになる)通信量なんか知るかとiPhoneで見てました。なので喚きたいこといっぱいあったのに実況ができず、21時に帰ってきてリングフィットやって風呂入ってご飯食べて、そんで今からツイートしようかと思ってもやっぱりツイートって新鮮な叫びでないと書きづらい。あと疲れてて140字にまとめる気が起きない。なので、字数制限なくただただドゲンジャーズ楽しみだー楽しみだーと書きにきました。
普段ブログ書くときは(つっても最近全然書いてないけど)一応結論みたいなものができてから書くんだけど、今日は別にそういうのもないです。ただただ楽しみ。めっちゃ楽しみ。もともと楽しみだったけど、現在明かされてる情報だけですでにその楽しみの数の桁が二つくらい変わったわ……まじで楽しみ……。
しかしメイキング映像からあの内容はほんとにわからんよなぁ。あの脚本でどうやったら修羅様があんなにかっこいい余地があんの。二期のドゲンジャーズは「人気が出て調子に乗ってる」みたいだけど、それが一期の放送の結果なのか、だとすると一期はフィクションなのか、一期の活躍はドゲンジャーズバースでの現実で、それで人気が出て番組が作られたのか、まだどのレイヤーの話かすらわかんないのにすでに可能性が色々ありすぎて本当に楽しみすぎる。

まぁしかし、それよりなによりヤバちゃんですよ!

最近ちょうど、今はヒロインてむつかしいよなぁと考えていたところで、もちろんヒーローの対義語としてのヒロインてのもあるんだけど、ヒーローの女版ではないヒロインの話。物語には絶対必要だけど、メインで戦う頭数には入っていないキャラクターの立ち位置。とはいえ守られるばかりの弱いヒロインというのも今は逆にいなくて、まぁツクヨミみたいに最終的に強すぎた人もいるけど。
キラメイジャーのマブシーナ姫は、そこうまいなぁと思ったんだった。まずお姫様っていう、存在そのものがクリスタリアの存続に関わる完全特別枠で、戦いには参加しないけど彼女にしかできないことがあって、でもお飾りの人形ではなく可笑しくもかわいいひとりの女の子だった。
そういえば、戦隊だと女性メンバーがヒロイン枠で他のメンバーと恋に落ちるとかもあるけど、キラメイジャーは最後に充瑠くんがあんなに密に過ごしたキラメイジャーの誰かではなく、学校という別のコミュニティの柿原さんと仲良くなっているのがいいなぁと思った。小学校みたいに世界が一つしかなくて逃げ場がなくてしんどい思いしてる子供に見て欲しいと思った。
話が逸れた。しかし次のゼンカイジャーのヒロインが榊原郁恵さんってのはもう離れ業というか飛び道具すぎて今でも若干疑ってるんだけど、ほんとに主人公と同い年くらいの女性とか出てこないのかしら。まぁでもいっそシンプルでいいのかもな、とか思ってたんですが。
ヤバちゃんがヒロイン。これはまた新機軸すぎた。めちゃくちゃ笑ってしまったし、同時にめちゃくちゃ納得した。

私は何か好きになると周りに吹聴するタイプなんですが(なので間を開けて幼馴染み連中に会うと、幼馴染みたちはオタクじゃないのに「今なににはまってるの?」と聞いてくる)、さすがに「博多の会社経営者にはまってる」というのは理解されづらく、みんな「なんの会社?」って聞いてくる。「悪役専門の会社で、その悪役は全部のヒーローを相手にできる」って説明するとまず間違いなく「うまいビジネスモデルだねぇ!」って感心されます。
ヤバちゃんはどのヒーローと戦ってもいいけど、大多数のヒーローはヤバちゃんがいないと戦えない。お商売としてうまい手を考えついたよなぁとだけ思ってたんですが、これ引っ張りだこのヒロインの構図そのまんまじゃん!って予告見てはじめて気づいた。まさに実在する悪役専門の会社が作る意味のあるヒーロー番組。物凄く腑に落ちてしまった。しかしまさか社長本人が自分をヒロインに据えたドラマ作るなんて誰が想像するかね。
会見で「ピーチ姫」って言われていて笑ってしまったんだけど、ヤバちゃんが拐われた理由は弱いからじゃない。むしろ強くて戦える相手だから(グレイトZに簡単に投げ飛ばされてるみたいだけど)。拐われて助けられるヒロインに、「弱さ」でなく「その(怪)人でなければいけない」理由があることは、ヒロインの意味を刷新するかもしれないと思った。

ヤバちゃん以下悪の秘密結社の面々が大人しく拐われっぱなしとも思わないし、ていうかどいつもこいつもなにやらかすかわかんないし、もうほんとーーーーーに楽しみで仕方ない。一期はそれぞれが王道の対話役との組み合わせだったけど、二期はきっと新しいコンビが見られるんだろうなー楽しみだなー。
でも私の乏しい想像力では、最終的にヤバイ仮面を助け出すのはキタキュウマンていう図しか見えないんだよな……。一期の「お前を甘やかした俺にも責任がある!」のインパクトが強すぎてな……。

シャベキャスの最初聞き逃したんだけどシャベちゃん東京にいるのかな。会見のその日にお忙しいなぁ。私は仕事20時で上がって、帰ってたらシャベキャスが始まったので、自転車漕ぎながら聞いた。

低く飛ぶ飛行機

ドゲンジャーズの放送が始まったのが4月12日。その時から行きたい行きたいと言い続けていた博多にやっと行けた。2週間前に。
新幹線で広島駅を通ったとき、強く胸を掴まれるような思いがした。よその土地を訪れるというのは、こんな体験だったかと思った。広島の友達にも会いたかった。
新幹線で広島より先に行ったのは多分初めてで、中間市のあたりを通ったときに、ここがエルブレイブの中間市かーと窓の外を見ながら結構本気でぼたぼた泣いていた。なんでかわからんけど。

やっぱりずーっと非常事態下にいると、ちょっとおかしくなってて、それに自分でも気づけないのかしら。博多に行くか行かないか相当悩んだし、「これに行けなかったら生きてる甲斐はない」とは思ったけど、それでもやっぱりほんとに命に関わる感染症にかかるリスクと娯楽は天秤にかけられるもんじゃない。
でも感染症が怖いからって行くのやめてたら、別の意味で深刻にやばかったかも知れないとも思う。
むつかしいやね。生きてればいいのかと思うし、死んだら元も子もないとも思うし、死ぬのはまだしも殺すのだけはごめんだし。

多分東京に勤めてる人は最低でも「同じ建物で働いてる人がPCR検査」くらいまでは経験あるんじゃないかなぁ。一度あれ体験すると、おいそれと軽々しいこと出来なくなるね。自分がかかるのはまだいい、無症状で罹患して人にうつして殺すかも知れないってほんとに怖い。
ただ、「安心」と「安全」は全然セットじゃないのでなんで並べて語られるのか不思議で仕方ない。安心してたら安全なわけでもあるまいし、誰かにとって安全でも別の人は安心しきらんかもしれんし。
人によってリスクの程度が違って、客観的な指標もなく拠るべきは自己判断だけで、自分の基準を守ると同時に人の基準を尊重すること。
日本社会がここまで苦手なことがあるかね。画一的に決められた禁止事項は遵守するけど、人の正義と自分の正義をすぐ二者択一にして戦わせて負かそうとする未熟な社会に。リスクはゼロでないと許さない、程度で考えられない幼稚な集団に。
ネット越しに自分と違う人とどんどん対立を深めていく悪循環を解消するのは、やっぱり会って話すしかないと思うんだけど、そもそもそれができない。
病気として殺すのではなくて、的確に社会を分断し破壊することによって人類を滅ぼすタイプのウイルスなんじゃないかと思ってる。正直。

ウイルスを上回るほど成熟した社会が作れるとは全然思わないけど、ひょっとしたらこの先の人類は、バーチャルと知識だけで満足できる程度の進化はするのかもしれない。でも旧人類の私は結局自分の体を運んで五感で体験しないと全然何もわからないってわかってしまった。百聞は一見にしかずって、最初に言った人ほんとすごいわ。

自粛期間はネットがなかったら発狂してたと思うけれど、ありがたいことに家にいながらにして写真も動画もたくさん見られるけれど、それを見て何か思ったところで「他人が見た何かを見た感想」であって、「それそのものを見た感想」ではないんだよね。なにもわからないまま見ていた自分がどれだけグラグラしていたのかよくわかった。直に見て、やっと基準が作れた。この基準を作るために私はあんなに博多に行きたかったんだなぁと行ってからわかった。
まだそんなに気軽に移動できないし、ネットを通じて人が見たものを見せてもらう方が多いままだけど、でももう一度見たから。一度この目で見た最高の彼らがいるからもう大丈夫。人の感想と自分の感想を取り違えたりせずちゃんと見られると思う。

博多の街の空を飛ぶ飛行機があんなに低いのも知らなかった。街のすぐそばに空港があるんだから少し考えればわかりそうなものだけど、そんなことさえ、見ないとわからなかったのよ。