うっかりツイッターの方に詩の引用までしてしまった。そういうことはこっちでやらんと。感情的になるな。久々にライブみたからかな。
今日見てきたコジマさんのトークライブで、6組12人のライブを1月にやるはずだったと聞いて、たまらなくなってしまった。浜浜解散で手一杯だったけど、6人のライブがもう見られないということが今こんなにライブから遠ざかっている理由のひとつだったのを思い出してしまった。
6組12人のライブ、見たかったな。あとたった1ヶ月で実現するはずだったんだな。そこまで待って欲しかった。あと1ヶ月分の君らの人生をくれていたらと思わずにいられない。


3組と6人が中途半端に終わったことが、私のライブ通いに暗い影を落としている。あんなに途中で投げ出せる程度のものだったんだと言う落胆が、自分が好きだった物と、それに足を運んでいた自分自身をまとめて粗末にされたような気持ちでいじけている。事務所ライブでも自主ライブでもないユニットに、そんなに思い入れてくれというのが土台わがままなんだとわかってはいる。でも数を重ねて、そのライブに客が付いていることがわかっていたのなら、せめて区切りをつけられなかったのか、なにか、見ているものが納得できる材料が欲しかった。


こう言う時はいつも、宮部みゆきの『初ものがたり』の新巻鮭の話を思い出す。自分の恋心に言い訳できるなにかを探していた、みたいな感じの一番好きだった文章が、PHPから出た最初の版以外からはなくなっていてずっとその版を持っていた。


あんなに好きになったことも、あんなに未来を感じたことも、全部幻だったと思わなくて済むような、たったひとつなにか、これがあったから良かったと思えるわかりやすい区切りを残して欲しかった。気持ちひとつのものだけど、だから今でも気持ちが前を向かない。未来のあるものを見られない。なにかひとつ受け取りたかった。あの幸福感を胸の底にしずめることを納得できるなにか。