にっき

新年のご挨拶もせずにふつーにライブのこと書き始めてた。今年もよろしくお願いしますね。正月気分は仕事始めの日の午後には雲散霧消してましたけど。
年末に依存っぽいなどと書きつつ、正月休みになんも書かないあたり、まぁその程度と言うことです。結局シリアスさと無縁なのよネー。怠け心はすべてに勝る。
最近仕事が忙しくて、その忙しさがその日のうちに出せみたいなスパンの短い仕事に由来しているせいで調整が効きづらく、昨日のいごしょ単独に行けなかったのが本当に残念でした。その後のニューヨークのジャムセッションにはなんとか行けて、キングの良いコンビっぷりを堪能してきました。
企画のHit the acterで、「ほんとは無臭なのに臭いマスクをしている体の演技」をふたりでやることになったとき、その臭さの正体がわからないはずなのにぴったり揃ったテンションの演技をしたキングに感心しました。演技力はもうすごいの前提で、あの「臭い」のテンションを打ち合わせなしで合わせられるところがやっぱりコンビなんだなぁと。
ニューヨークの悪童ぶりも相変わらずで、かなり序盤にパーケンさんから「もういじり始めてる?」と言われるあの距離の詰め方ときたら。ニューヨークはどっちが特に悪いと言うこともなく、どっちかが悪さをするのをもう片っぼがニヤニヤしながら見てて、主体がどっちでもそれが変わらないのがあの悪ガキ感に拍車をかけてるんだよなぁ。よくあんなふたりが別々のところで産まれて、出会ったもんだと思う。
ニューヨークのネタはコントが「公園のパントマイマー」で、漫才が「一度言ってみたいこと」。どっちも良かったけど漫才が特に! 居酒屋のキャッチ! ヤンキー! 駅前のダンサー! この溜飲の下がり方よ。こういうのが欲しくてニューヨークを見に行ってるのよ私は。


全然関係ないんだけど、ニューヨークがJR SKI SKIのCMをどう思ってるのか心から聞いてみたい。今時わざわざゲレンデまで行って恋をするようなラグジュアリーな学生がいるんだろうかと見る度違和感と言うか時代錯誤感しか感じないんだけど、こないだ朝日新聞酒井順子の新刊の書評のタイトルを目にしてなんとなく合点がいった。曰く、「恋愛がレジャーだった時代」。本自体は手に取っていないので何が書かれているかは知らないのだけど。


http://book.asahi.com/reviews/column/2014011200003.html?guid=on


新聞と言えば、山口画伯の挿し絵欲しさに東京新聞を取り始めた。と言っても私がお金を出してるのではなく、母に言ったらノリノリ(死語)で、販売店が朝日と同じだったので一緒に引き落としてもらっている。
売店に電話したとき、「東京新聞とりたいんですけど」と言ったらむこうの人が「えっ!」って一瞬止まって、ほんとうに嬉しそうな口調で、はい、明日からすぐ! いつまでにしましょう! とりあえず半年! はい!って言っていたのが忘れられない。ほんとに新聞とる人減ってるだなーと実感した。母によると、後日わざわざ日中に来て、新しくとってもらったのになにも特典がないんです、すみませんって言いに来たそうな。いやどこのかわからないメーカーの洗剤とかいらないから大丈夫。
しかしそのときちゃんと「小説の挿し絵が見たいだけだから」って言った母はさすが私の母だと思った。
その小説「親鸞」を書いてるのはかの五木寛之御大で、私はベストセラーとか天から信じない鼻持ちならない奴なので小説の方は読む気はなかったんだけど、画伯の挿し絵は絵解きみたいになってて読まないとわからないので読み始めたのね、すでに第3部かつ180回を越えてる小説を。そしたら流行作家の偉大さがよくわかりました。もういきなり、親鸞の息子の善鸞が悪い人ではなさそうだけど俗人ぽい!とか、その妻の涼はなんか問題起こしそう!とか一瞬でわかる。すげえ。売れる人には売れる理由があるんだなぁ。もう今はリスペクトを込めて御大と呼んでます。一昨日も母と「このツブテの弥七って誰なんだろうね」「いや御大のことだからきっとすぐ説明してくれるよ」って話してたらほんとに今日だいたいわかったもんね。さすが御大。
東京新聞が来た初日、一番外側に大沢在昌の小説が載ってたときは掲載紙間違えたかと青くなったけど、今じゃ毎朝楽しみで楽しみで。
東京新聞の連載小説、朝日新聞の火曜の夕刊(文芸)、水曜の夕刊(美術)、土曜の夕刊はイマイチピンとこないんだけど青beが一時の勢いはないにしてもまだまだおもしろい。新聞の報道記事じゃない部分が今かなり熱いことになっています。