ふたりの夢

「flower」
4/4 神保町花月 19:00


脚本:たぐちプラス
演出:佐野バビ市(劇団東京ミルクホール)
出演:POISON GIRL BAND、シソンヌ、井下好井、マヂカルラブリー、ほっとライス

あらすじ(神保町花月HPより)
「解散しよか」
「そうだな」
あの頃の僕たちには、そうするしか他に…方法はなかったんだ。


初神保町花月。作家のたぐちプラスさんが「解散した芸人」のお芝居を書くと言うので行きました。たぐちプラスさんは元ランチ、つまり風藤さんの元相方。完全なる野次馬だよなー行っても良いもんなのかなーと考えはしたのですが、神保町はチケットも取りやすいみたいだしやっぱり行こうと思ったら予定が合う日がほぼなくてあわてて当日券で行ってきました。
ちょっとわからないところもあったのでできればもう一回見たかったんだけどなー。


よしもとの劇場のことがわからないのですが、再演の可能性があったりするんでしょうか? 公演は終わっているのでストーリーをなぞって感想を書いても良いのかなと思ったのですが、自分が、起承転結の「転」にあたる部分で目を剥いて驚いたのでやはりそれをあっさりと文字で書くのは気がひけました。なので、以下、かなり主観的な感想でストーリー上の致命的なネタばれはしないつもりですが、見ていない人には何が何だかわからないとは思います。


全編を通して流れるメインテーマはスピッツの「楓」だった。この曲を聞いた時の、脚本家の気持ちを想像せずにはいられなかった。運命のように思ったのではないか。



始まってすぐ、ど直球だと思った。なにしろ主人公が「タニグチ」(POISON GIRL BAND 吉田氏)、元の相方が「楓*1」(POISON GIRL BAND 安部氏)、元相方の今の相方は「マツムラ」、コンビ名は「楓パイン」。楓パインのネタはやだねぇにそっくりで、単独ライブのタイトルが「仲良し」。うわわわわこれ風松ファンが見ても大丈夫……!?と焦るくらい。


解散した芸人の話、と言うと、どうしても「芸人交換日記」を思い起こしてしまうけど*2、あれはやっぱり「当事者」の話ではなかったのだなぁと、「flower」を見て思った。どっちがいいとかではなく、「flower」の方が、解散に至る道のりもその先も、だいぶんぐしゃっとしていた。きっかけはあったけれど、きっかけはほんとうにきっかけで、それよりも多くの言葉にしづらい小さなゆがみとすれ違いが積み重なって積み重なって、きっかけに至る前に二人の関係はもうどうしようもなくなっていた。ひょっとしたらネタ自体は十分に面白かったのかもしれないとさえ思う。芸人として売れようとして、二人の人としての関係が破綻したら、芸人としてもいられなくなってしまった。
解散→新コンビ→売れっ子という人が作った道を(他に選択肢がなかったとはいえ)泣きながらも邁進した芸人交換日記の田中とは対照的に、タニグチはずっとくよくよと後悔しているように見えた。女々しいほどにやり直したがっていた。そしてあえて現実とごっちゃにするならば、風藤松原だってまだ売れっ子にはなっていない。過去にも未来にも、整然とした道やわかりやすい物語なんてない。


何ヶ所か、たぶんこれアドリブで毎日違うんだろうなと思うところがあった。そのうちのひとつ、タニグチと楓がタニグチの部屋でただしゃべりあう場面が印象に残っている。顎を出さずに猪木の台詞を言った楓に、タニグチがせめて物まねしろと文句を言うと、楓は「おじいちゃんの遺言で顎は出せない」と言い始める。顎を出したら顎が溶けるとか言い出して、そのうちにふたりで、どこまでが顎だとか、歯茎は残るのかとか、死ぬ間際に顎を出そうと思ってる、おおじゃあそれ見に行くよ、そっちはそれまで生きろよとか、ほんっとうにくだらないことを延々喋りあうだけの場面。
コンビだから流れる緩やかでばかばかしい時間が、舞台の上から伝わってとても心地よかった。ここでも現実とお芝居の境目が滲んで、ポイズンの本ネタを見てみたくなった。


一人では生きていけないけれど、二人でなら生きていける、そう言える人は、一人で生きていけますという人よりも強く見える。二人でなら生きていける人たちは、二人なら無敵だから。
舞台に立つ芸人さんはいつも、無敵の光をまとっている。その光は、舞台を降りたところでもお互いがお互いの人生を引き受け、二人で生きているから現れる。


あの賞レースであっちのネタをかければよかった、とか、あのとき噛まなければ、とか、そういう後悔は当事者でなくても想像がつく。
タニグチは、ネタ作りに必死になるあまり、楓が話したがるオチもない日常の話を聞かなかったことを後悔していた。楓はそれを大事にしたがっていた。そんな楓が掲げていた最後の目標は、芸事ではなった。
タニグチは、芸事に関係ないと切り捨てたささいなあれこれを大切にしていれば、芸事でのきっかけをきっかけにしなくてもすんだのかもしれないと後になって気付いた。誰かと生きていくということがどういうことか、おそらくは一人になってからずっと考えていたんだろう。
それは人生のある期間、二人で生きていた人にしかわからない後悔だった。

*1:楓の下の名前は「コウイチ」。たぶん「康一」なんだと思う

*2:芸人交換日記の感想→「漫才」